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INFO:
祖父を笑い者にさせてしまった。 俺は祖父から受けた溢れるほどの愛情を踏みににじった。 ______________________________ 「社員は家族です。つまり社員の家族も私たちの家族です。大事にしなければいけません。そこで来週の親睦会ですが、是非皆さんの家族も連れてきて下さい。よろしくお願いします」 俺は新卒で入社した会社を5ヶ月で離職して、この会社に入社した。 離職した原因は、嫌がらせだった。 俺は二人暮らしの祖父に心配をかけてはいけないと思い、必死に耐えた。 耐え続けた。 ある日、トイレの個室で立ちあがろうとした瞬間、足に力が入らなくなった。 冷や汗が止まらなくなった。 俺は思った。 もう、無理だ。 限界だった。 俺は祖父にこれ以上心配をかけたくないと思い、急いで転職活動をした。 焦っていた。 そしてやっとの思いで内定を掴み取った。 これでやっと祖父を安心させられる。 そう思った。 親睦会。 俺は足が悪い祖父のことを思った。 俺は祖父にあまり無理をしてほしくなかったため、社長に家族が出席出来ない場合はどうすれば良いか相談した。 社長は言った。 「どうしたの?」 「祖父は、足があまり良くなくて...」 社長は笑顔になった。 「なんだ大丈夫だよ!俺が岩田くんの家まで迎えに行くからさ!安心して!」 俺は気圧されてしまった。 「あ、ありがとうございます...。では申し訳ございませんがよろしくお願いします」 家に帰って、親睦会のことを祖父に伝えた。 祖父は大喜びした。 「良い社長さんだね、本当に良がった。良がったね」 「じいちゃん、俺今度こそは頑張るから。もう逃げないから」 祖父は静かに微笑んだ。 「ま、大丈夫。今の時代やめだってなんとかなるがら。体調が一番。無理はしないこと」 「じいちゃん、俺、入ったばっかなんだから辞めた時の話しないでよ。大丈夫だから」 今度こそ、祖父に心配はかけない。 それだけは心に決めていた。 親睦会の日がきた。 社長が玄関の前まで迎えに来てくれた。 祖父は、社長に丁寧にお辞儀をし、何度も何度も感謝を伝えた。 「本当にありがとうございます。ありがとうございます」 祖父は親睦会の会場に着くまで、社長に何度も感謝を伝えていた。 親睦会の会場に着いた。 会場は社長の自宅だった。 会場に着いて驚いた。 家族を連れてきていた人はごくわずかだった。 強制ではなかったのか。 祖父は一人ひとりに丁寧に挨拶をしながら、手を差し出して感謝を伝えた。 少しだけ恥ずかしかった。 が、俺は誰に対しても丁寧に、誠実に向き合う祖父を尊敬していた。 ご飯はバイキング形式だった。 「あ、岩田くんのおじいさん、大丈夫!私取ってきますから座ってて!苦手なものありますか?」 事務の村井さんが、祖父の分を取ってきてくれた。 他の方々も祖父に対して、とても優しく接してくれた。 俺は会社の方々が祖父を大事にしてくれて本当に嬉しかった。 涙が溢れそうだった。 良い会社に入社出来て、本当に良かった。 そう思っていた。 親睦会は終盤に差し掛かっていた。 徐々に片付けが始まりだした。 村井さんに一服している人たちを呼んできてほしいと頼まれた。 俺は先輩方を呼びに向かった。 先輩方の背中を見つけ、なんと声をかけようかと考えていた。 先輩方の会話が聞こえてくる。 「いや、くっさ!って思ったわ」 「おいお前、それはダメだろ。まぁ言っちゃだめなのはわかってるけど、やばかったな」 「申し訳ないけど握手された後速攻でてぇ洗いに行ったわ」 「ひでぇ」 「てかまじでじいちゃん連れてくるとかおもろすぎだろ。なんでわざわざじいちゃん?まじでおもろい。あいつ最高だわ。ギャグセン高すぎて嫉妬するわ」 先輩は大笑いをしている。 「まぁ純粋で良い子そうではあるけど冗談通じないタイプだな」 「え?ネタで連れてきたんじゃないの?ガチ?」 「いやガチだろ」 二人で腹を抱えて笑っている。 「あ....」 声を出そうとしたが、喉が締めつけられてうまく声が出なかった。 先輩方は俺に気づいて「おぉおつかれ」と言いながら急いでタバコを灰皿に擦った。 「あ...あの...」 息が、苦しい。 「あ片付けか。そろそろと行かないと」 「だな、急ごう」 先輩方は何事もなかったかのように戻って行った。 片付けが終わった。 祖父は再び、一人ひとりに手を差し出して丁寧に感謝を伝えた。 祖父は、祖父のことを笑っていた先輩方にも手を差し出して感謝を伝えた。 先輩方は、笑顔で祖父と手を交わした。 この後、また手を洗うのだろうか。 途端に涙が溢れ出しそうになった。 俺は天を仰いで涙を堪えた。 帰りも社長が送ってくれた。 社長は言った。 「岩田くん、あ、お孫さんの方ね。元気ない?大丈夫?」 「いえ!大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」 「たくさん片付けをしてもらっちゃったし疲れたでしょう?ありがとね」 「いえ」 祖父に心配をかけてはいけない。 態度に出してはいけない。 「岩田さん、おじいさんの方ね。今日は来ていただいて本当にありがとうございました!」 「こちらこそ何がら何まで本当にありがとうございました。皆さんに本当に親切にしていただいて、美味しいご飯までいただいて、感謝してもしきれません。安心して孫を任せられます。ちょっと大人しいけど優しい子なのでこれからもどうぞよろしくお願いします」 「良い子ですよね、大丈夫です。安心して任せてください。岩田くん、おじいさんのこと、大切にするんだよ」 祖父が俺を見た。 「良がったね」 俺は頷いた。 「ご飯美味しがったね」 俺は堪えきれなくなって泣いてしまった。 声をあげて泣いた。 社長の声が聞こえてくる。 「岩田くんどうしたの?大丈夫?」 返事をする余裕は俺にはなかった。 祖父がどうしたと言いながら俺の背中をさすっている。 「じいちゃんごめん....。本当にごめん...。俺のせいだ」 社長は車を停めた。 「岩田くんどうしたの?何か嫌なことあった?こりゃ大変だ」 俺は謝ることしか出来なかった。 「ごめんなさい...ごめんなさい」 「俺何か悪いこと言っちゃったかな?」 俺は首を横に振った。 嗚呼、また祖父に心配をかけてしまった。 中学から高校まで不登校気味で祖父に散々心配をかけてきた。 仕事も5ヶ月しか耐えられずに辞めてまた心配をかけた。 やっと安心させられる。 そう思っていたのに、社長がいる前で醜態をさらしてしまった。 祖父を笑いものにさせてしまった。 俺は祖父がかけてくれた溢れるほどの無償の愛を何度踏みにじれば気が済むのか。 いつも少し我慢すれば良いだけのことなのに耐えきれなくなって逃げ出してしまう。 どうして俺は。 こんなにも当たり前のことが、出来ないのか。 「ごめんじいちゃん...ごめんなさい」 俺は謝った。 謝り続けた。 謝ることしか出来なかった。